私・・脳腫瘍になっちゃった! ~【実体験】いざ!手術編~

脳腫瘍が見つかって、手術することが決まったのはあっという間だったけど、それから診察したり、手術前検査があったり、コロナがあったり。。

体にメスを入れるわけですから、やはり事前準備というのは非常に大事なんですね。
普通に生活していると、まったく気にかけもしない世界・・
「手術」というのは、本当に大変な出来事だと実感いたしました。

色んなことが起こりましたが、再入院、いよいよ手術へ向かうお話になります。

手術前日の麻酔科診察

全身麻酔をする、ということで、入院後、麻酔科の診察を受けました。
簡単な問診や全身麻酔の説明を丁寧に受けました。
ぴーたんが色々お話を受けて覚えていること、となりますが、

・全身麻酔から覚めたときに、錯乱する場合がある
状況がわからず、錯乱されることがあるそうで、そういうことがある、ということを事前に知っておくことで意識ができる、とのこと。

・全身麻酔は突然切れる
眠りから目覚めるような感じではなく、どちらかというと突然、意識が戻る、という感じ、とのこと。

・本人確認
麻酔が切れるであろう頃に、氏名と年齢を確認します。
理由は忘れたけど、、要は突然麻酔が切れて錯乱しやすい状態に陥る前に、麻酔がかかってた、ということを認識させるため、のような感じだったかと。

非常に大事なお話されてましたが、時間経過と共に、薄れゆく記憶・・主にこんな話をされてました。

ただこの診察で色々説明いただいたこと、ぴーたんにとっても、非常に重要だったな、ということとが手術後実感します。

いざ!手術室へ

手術日の朝いち、医師がわざわざ病室に顔を出して、挨拶にきてくださいました。
「大丈夫だからね。しっかり切除して治そうね」という、温かい言葉をかけてくださいました。
ぴーたんにとっては初めての経験だけど、医師にとっては、何回、何百回、何千回のうちの1回だと思うんです。
命に関わることだから、当たり前というように思われる方もいらっしゃるかもしれませんが、だからといって、毎回そのように患者さんに接してくださっているのかと想像すると、手術前から感謝の気持ちで胸がいっぱいになりました。
そして、医師に、手術に、身を任せることへの心配や恐怖は、ありがたいことに本当に全然ありませんでした。


手術室に驚いた

朝8時半くらいに手術室へ向かいました。
入った瞬間!!
これ何インチですか??ってくらいの、液晶モニターが。。
イメージですが100インチ以上はありました。
ドラマで見たり、自分が知っているイメージとは、また違って、イメージより、さらにさらに最新機器が揃いに揃ったすごい手術室で。。
ただでさえ、医療器械って、数千万、数億って話聞きますが、まわり見渡しただけで、この手術室の装備って、いくらくらいするの?、最新の手術室ってこんな感じなの?、って衝撃からスタートしました。

全身麻酔の瞬間

手術室に入って、本当にすぐですね。
「麻酔を始めます」、
「10まで数えますね~」、と声をかけられます。

そのときに、急に頭によぎるんです。
「あ、、このまま再び目を覚ますことがないのかもしれない」って。
そして、走馬灯のように、といいますが、色んな場面が次々と頭に思い浮かぶというより、ぴーたんの場合は、色んな思い出の切り取られた一瞬が写真のようなコマになって、その写真がすべて重なって、一瞬にして頭に刻まれます。
ほんの一瞬、瞬間的にすべてを見た、というようなイメージで頭に入ってきました。

そして、次の瞬間、意味なく、涙が流れるんです。。
写真ですべて重なって頭に入って、すべての場面の、すべての感情を一瞬にして感じる、、思い出とともに、喜怒哀楽の記憶、感情が一度に感じ流れていく。。
そして突然、意味はわかりません、意味はないのですが、涙が溢れ出す。。そのような状態でした。

涙を見て、看護師さんが優しく声をかけてくれるんです。
「怖いですね。起きるまで横にいますからね。。」って。
こういう感動的な瞬間なのに、頭の中では違うこと考えてるの。すごいよね、脳って。
「いや、別に怖くないのよ、別の感情なの」って頭の中で、突っ込み入れてた。笑
しかし、この看護師さん(男性)が、異常にイケメンで、、
「イケメンだな。横にいてくれるんだ」なんて、この大きな手術前に、ほんと呑気!
そんな涙を流しながら、頭のなかで、突っ込みつつ、イケメン眺めつつ・・
そして「~横にいますからね。。」という言葉の声が遠くに聞こえながら、意識が飛びました。

脳腫瘍摘出手術

当たり前ですが一切わかるわけがありません。
まったく記憶にありません。笑
次の瞬間、ICUでしたから、、今となれば、あのすごい手術室、もう少しゆっくりじっくり見てみたかった。

手術直後:ICUでのできごと

ICUでの意識の混乱

ICUに入った時間は、後日聞いた話だと、17時前後だと思いますが、そのときは時間の感覚はありません。
ただ目が覚めたときに入ってきた景色は真っ暗で、なにも見えませんでした。

麻酔が切れるころを見計らって、、だと思いますが
「お名前と年齢わかりますか~」って声かけれました。

そのとき、前日に麻酔科で診察時言われたことが頭のどっかに残ってるんです。
自分の名前と年齢を言わなくては、と。

ぴーたんの頭のなかに、白い紙に黒い太字、ゴシック体の文字で書かれている、自分の名前と年齢が見えます。
それをそのまま言いました。
「(旧姓)ぴーたん、28歳です!」
これ、錯乱・混乱の一種として、私にはこういう形で出たってことでしょうね。

その瞬間、たぶんですが、まわりの人が、ガヤッってした雰囲気があったんです。笑
だって、名字も年齢も違いますから。。
ちょっと驚きますよね。
ま、たまにありそうな話かもしれませんけど。

今って、医療安全の取り組みが非常に進んでいます。
入院した瞬間から、プラスチックシート?みたいな絶対破れない腕輪をして、
お薬飲む時も、点滴するときも、そのバーコードで管理しています。
バーコードで管理しているけど、都度、氏名と生年月日も確認される、という徹底ぶり。すごいですね~。
当然に、手術室に入るときも、氏名と生年月日を聞かれ、バーコードで確認をして、手術に入ります。

病院は、何重にもチェックをしているんですね。
なので、患者を間違いなはずはないんです。
だからこそ、たぶん「え?」っていう雰囲気に一瞬なったんじゃないのかな、と思います。

そして、ふと同時に思ったこと。
あれ?あの一緒にいてくれるっていってたイケメン看護師は?
あの人~、起きたときも一緒にいてくれると思ったのに!ってかたや激痛で悶絶しているのに、頭のどこかで、一瞬イケメンとの約束を思い出していたぴーたん。
これってなんなんでしょうね。
別に恋愛感情もないのに、勝手な妄想して、自分なりに心の楽しみを見つけるという、体の生命維持機能なんでしょうか。笑

とはいえ、もう次の瞬間から、痛みのことしか頭で考えられないような状態になっていきます。

◇手術時間
10時間ほどの手術と聞いてましたので、
9時頃から始めたとして、19時頃までかかるのかな、と思っていたんです。
でも幸い、ぴーたんの場合は17時頃で無事におわったと聞いています。

※以下、手術直後の痛みの描写が生々しい部分がありますので、苦手な方はご注意ください。

猛烈な激痛に襲われる

徐々に意識が戻ってきます。
でも、本当に「朦朧」って言葉がぴったりです。
朦朧としているけど、意識がある状態、という感じです。

そして、「あ、、生きてたんだな」ってまず始めに思うんです。
そして次の瞬間に、猛烈は頭部の熱を感じます。
頭部全体が、むちゃくちゃ熱を持っているんです。
ぴーたんの場合は、痛みより、熱い!という体感が先にきました。
そして、ほぼ同時ですが、次の瞬間に、猛烈な激痛を頭部に感じます。

まあ当たり前ですね。開頭手術しているわけですから。。
痛みを感じ始めてからは、熱より痛みを強く感じるような体感でしたが、
いずれにしても、この痛みと熱。。

痛みで体が震えるんです。
そして、痛すぎると「痛い」という言葉で言い表すには軽すぎるんです。
「痛い」じゃないんです。
そんな言葉で、片づけられない猛烈な激痛なんです。
文字として表す適当な単語としては、「痛い」という言葉になってしまうのですが、頭のなかで「痛い」という言葉が思い浮かばないほど、猛烈な激痛のなか、苦しんでいる時間でした。

手術から24時間後、脳外科病棟へ

激痛で眠るということはできないんです。
激痛で意識が朦朧としながら、眠ることができないまま、所どころ意識が飛んで寝る、ような状態を過ごし、たぶん24時間後、脳外科病棟へ戻ってきます。
しかし自分の部屋ではなくて、ナースセンター目の前の重病者が手術後運ばれるお部屋に3日間ほどいました。

目が回る~

意識がだんだん戻ってきます。
そして気づくんです。
常に目がぐるぐると回っていることに。

スイカ割りをする前に、目隠しして、くるくる回ったあと、みたいな感じです。
寝てても、目がまわって気分が悪くなります。

でも次の瞬間に気づくんです。
あれ?耳の水が詰まって、膜が張っている感じがなくなって、音がクリアに聞こえる!

ICU出てから、みるみる自分の状況がわかるようになってきました。
とはいえ、驚いたのが、「言葉がでない」、
例え、言葉が出ても、声を出すのが、なかなか出ない。
そのため、たぶん時間でいうと1時間ほど考えるんです。
ナースコールをして、なにを伝えたいかを頭で整理するんです。

「頭部が熱いのでアイスノンを変えてほしい」、「痛み止めの薬をほしい」、「水が飲みたい」

そして、ナースコールで看護師さんを呼んで、こう言います。
「3つお願いがあります。」
「頭部が熱いのでアイスノンを変えてほしい、痛み止めの薬をほしい、水が飲みたいです」って。

ぴーたんのベッドの頭の位置から、ちょうどナースコールの時計が見える。
それを見る限り、アイスノンが熱くなるのと、薬効が薄まるのが4時間ごとだったように思います。
3時間過ぎると徐々に、苦しくなってくる。
そしてお願いするために、頭を整理する、という繰り返しでした。

お腹に力が入らなくて、声がでないのと、出ても細い。
声を出すことがつらかった。
まさかの盲点でした。

重病室に移動した日の夜、食事が出ました。
うそでしょ。ご飯なんて入らないよ。
お粥(重湯に近い)なのですが、食べる気力もありません。
食べるつもりもまったくありませんでした。

でも、、看護師さんから、たしなめられるんです。
「ぴーたんさん、今のような状態で、食べたくもないですよね。でも一口だけでもいいので、食べてください。一口だけでも食べたら、体の回復の速さが全然違うって皆さんいわれてますよ~」って。

若い時のぴーたんなら、そのようなアドバイスもらっても、絶対絶対食べない。
人の言うこと聞かなかったから。笑

でも、だいぶん年を重ねました。
それから、藁にもすがりたくもなる激痛でした。
看護師さんの言う通り、がんばって、一口だけじゃなくて、三口ほど食べました。

医学的な因果関係はわかりませんが、当時の私は、そのおかげか、手術後4日目(重病室へ移動後3日後)、それまでの猛烈な激痛が、すぅっと、引いて、激痛くらいになったのを感じました。
食べても食べなくても、時間が経過すれば、少しは痛みが落ち着くのだろうとは思いますが、このときは、「きっとちゃんと食べて胃腸が動いて、体の回復力があがったんだ~」ってうれしかったです。

でも・・逆に・・
猛烈な激痛のなか、無理やり食事をしたせいで、、
病院の給食の匂いがすると、猛烈な激痛を体が思い出す、という条件反射みたいなトラウマができてしまって、普通病室に戻ってきて以降、一切、給食が食べれなくなってしまったんです。

おいしいとか、おいしくない、とかではないんです。
給食のにおい(病院独特の食器に入ったにおい、というか。。)を嗅ぐと体が拒否する。
体が拒否すると、食べ物を喉が受け付けないんです。呑み込めないの。
体がそんな強い拒絶反応を起こすほどの、猛烈な痛みを体が匂いで覚えてる、ということなんでしょうか。

そのくらい、手術後の痛みは猛烈で、痛み自体を思い出すことはできないのですが
そのときのことを考えると、いまだに指先震えるくらい、体は恐怖感が残っています。

次は、手術後、入院中のリハビリなどを綴っていきます。

ご案内
<本書の内容は運営者の個人的な体験談であり、医学的診断や治療を代替するものではありません。症状がある場合は必ず専門医を受診してください。>

入院中のmomo
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