私・・脳腫瘍になっちゃった! ~【実体験】リハビリ編~

こんにちは、ぴーたんです。

ナースセンター前の重病室から、ようやく普通病室に戻ってくることができました。
しかし、ホッとしたのも束の間。そこから日々、少しずつ容赦のないリハビリが始まります。

今の最新医療って、本当に少しの甘えもないんですね(泣)。

術後、こんなことがありました、という出来事やリハビリを通じて思ったことなどを綴っていきます。

そして、大きな病気をしている大切な人へ。
接し方に迷っている場合にも一つの参考にしてもらえると思います。

手術後に始まった複視とリハビリ

ぴーたんの複視の症状

なにしろ、とにかく目が回る。
それだけでなく、見えるものが二重にも三重にもぶれて見えます。
目を開けているだけで気分が悪くなってしまうような状態でした。

手術室で目をつむる直前までは、普通に目が見えていたのに。目を開けた瞬間に、世界は「複視」へと変わっていました。
ナースセンター前の重病室にいる間は目が回ってましたが、移って24時間(術後48時間)後くらいには、少しずつ目が回るのは落ち着いてくる様子が自分でもわかりました。

現在でこそ目が回ることはなくなりましたが、この複視の症状はずっと変わっていません。
たとえば「-」という1本の棒があったとします。
片目ずつで見ると、それぞれちゃんと1本の棒に見えるのですが、位置がかなりズレているのです。
両目で見ると「=」のように2本に見えそうなものですが、ぴーたんの場合は「≠」というように、なんと3本の線に見えてしまいます。

他で例えるなら、ペットボトルが1本だけ置いてあれば1本だと認識できるのですが、3本置いてあって「これ何本に見える?」と聞かれると、4本か5本に見えてしまって上手く数えられないです。
ハサミで紙を切ろうとしても、その紙をハサミで挟めない。
書類を人から手渡しでもらおうとしても、その書類を掴めない。
特に視野の下のほうが遮られて見えにくく、複視がひどいため、「包丁を使うのは危険」という状態になってしまいました。

ぴーたんの複視の原因

普通病室に戻った日の夜、消灯時間を過ぎてからのことだったと記憶しています。
執刀医の先生が、わざわざぴーたんの病室に立ち寄ってくださいました。
そして、手術の内容について直接、簡潔ではありますが、丁寧にお話ししてくださいました。

「開頭したところ、視神経のほうにまで染み入るように腫瘍ができていました。そのため、そちらを慎重に切除しています。その影響で、今は複視が残っているのだと思います。いずれ少しずつ落ち着いてきますからね」

お忙しいなか、おそらく時間外であっただろうに、ぴーたんが普通病棟に移ったことを気にかけて足を運んでくださった。
そのお気持ちにすごく感動しました。
先生から直接お話を聞けたことで、「無事に腫瘍が切除できたんだ」という大きな安心感に包まれたのを覚えています。
先生が部屋を戻られたあと、感動の余韻に浸りながらも、「視神経まで侵されていたんだな・・」という事実が、深く頭に刻み込まれました。

振り返れば、術前は視覚に大きな異常は感じておらず、老眼のせいか、あるいは更年期の症状だろうと軽く考えていました。
でも、実際には頭の中に腫瘍ができていたってこと。
まさか足元の見にくさが『目(視覚)』の症状とつながっていたなんて・・。
事実が自分が感じていた症状とつながって、心臓がドクンと強く脈打ち、大きなショックを受けました。

翌朝には、執刀チームの若手医師が病室に来てくださり、昨晩の執刀医の先生とほぼ同じ内容を、より詳しく丁寧に説明してくださいました。
そこから退院スケジュールやリハビリなど、今後の予定についての説明があり、いよいよぴーたんの体は「回復のフェーズ」へと移っていくことになります。

予期せぬ問題勃発

ここで、予期せぬ問題が勃発しました。
人間の体って、本当に不思議なものです。体のどこかに激痛があると、脳はその部分の痛みを重点的に感じ取り、他の痛い部分の感覚は鈍くなるようなのです。
特に強い痛み止めを服用していたせいもあるかもしれません。

普通病室へ移ってしばらくして、手術後の激痛が少しずつ落ち着いてきた頃でした。
ふと、「おでこ(右眉の上あたり)が痛い」ということに気がつきました。

ぴーたんの場合、開頭手術は耳の上からヘ音記号のように首元に向けて、後頭部を切るというものでした。だから、おでこが痛むというのはどう考えても不自然です。

看護師さんに痛みを訴えて診てもらうと、なんと、おでこに水ぶくれができていました。
原因はこうです。
頭を切って手術をし、縫い合わせる。その後、傷が開かないように頭を包帯でぐるぐる巻きにするのですが、その包帯の圧力が強すぎたのか、あるいは力が一箇所に集中してしまったようでした。

これが、本当につらかった……。
よりによって顔です。急遽、院内の形成外科の先生が診察に来てくださったものの、処置としては、ガーゼ付きのテープで保護するだけ。特に大がかりな治療はありませんでしたが、包帯を優しく巻き直してくださいました。

これも脳腫瘍の「後遺症」という言葉でひとくくりにされてしまうのかもしれませんが、場所が場所だけに、しばらくの間、ぴーたんを悩ませ続ける種となったのです。

過酷なリハビリ

人間って、数日歩かないだけで足の力が入らなくなってしまうのですね。ベッドから自分の足で立つことすらできなくなる。その現実に恐怖を覚えました。

とはいえ、目が回ろうが複視があろうが関係ありません。
「体としては、数日後には動かせる」という医療の判断のもと、容赦なくリハビリが始まります。

始めのうちは、病室やその周りを歩行器を使って歩く練習。
それにずいぶん慣れてくると、今度はリハビリルームに通って毎日1時間ほどリハビリを行う生活へとステップアップしていきました。
幸い、目が回る症状自体は、比較的早く落ち着いたため、その後は複視だけに気をつけながら、退院後の生活を想定した運動負荷へと変わっていきました。

よろよろと歩行器を使いながら歩く日々。
ぴーたんの場合、聴覚神経に腫瘍ができていたため、バランス感覚にも麻痺が残っていました。
筋肉が弱っているだけでなく、「まっすぐ立つ」ということ自体に支障が出ていたのです。そこへさらに目が回る感覚が加わっていたので、ただ「歩く」ということのハードルが途方もなく高く感じられました。

ちょっと弱音を吐きたくなるぴーたんですが、リハビリの先生は本当に盛り上げ上手で、かつ誘導が上手なのです。
「無理しなくていいんですよ〜」と優しい声をかけてくれながらも、「でも、退院したときに危険がないように、病院にいる間にしっかり練習しましょうね!」と、結局はきっちりやる流れになるという(笑)。

そんなリハビリの中で、とても印象的だった質問がありました。
「退院したら、なにか食べたいものはありますか?」

実はぴーたん、病院の給食のにおいにトラウマができてしまい、入院中食事をほとんど食べられずにいました。
その反動で、余計に油っぽいものやジャンクなものが食べたくて食べたくて仕方がありませんでした。

だから、先生の質問に対して、すぐに頭に浮かんだ言葉をそのまま返したのです。
「退院したら、マクドナルドのフライドポテトが食べたいです!」

それを聞いた先生は大爆笑。
「これまでたくさんの方のリハビリを担当してきましたが、第一声に『マックのポテト』と言われたのは初めてです!」と。
そして、先生が笑って教えてくれました。
「今、夜に『ポテナゲ』ってやっているんですよ。元気になったらぜひ!」
「ポテナゲ・・? 先生、それなんですか?」と聞くと、フライドポテトとチキンナゲットがセットになったお得な夜マックのメニューなのだと教えてくれました。

知らなかった・・!
ぴーたん、チキンナゲットも大好きです。
マクドナルドに行ったら、ハンバーガーを食べるよりもナゲットを食べている確率のほうが高いかもしれません。
「その『ポテナゲ』、退院したら絶対につれてってもらおう、絶対に食べに行こう!」
その瞬間に、心に固く誓いました。

その日以来、リハビリの先生とは常に「ポテナゲ」の話題で盛り上がるようになり、ただただ痛みがつらいのと、おでこのケガが別の意味でつらかった入院生活の中で、その励みだけがぴーたんの大きな心の支えになっていたように思います。

うれしかった「励まし」の形

当たり前のことかもしれませんが、これまでの人生、健康すぎて考えたことも、想定したこともありませんでした。

だから、今回、人間、入院して絶望的な気持ちになっているときほど、本当に小さな楽しみが、めちゃくちゃ大きな楽しみに大化けすることもあるんだ、ということを初めて感じました。

リハビリの先生との「ポテナゲ」の会話は、リハビリの先生としては、単なる世間話だったり、リハビリの痛みを和らげる(気持ちをそらす)ためのものだったのかもしれません。
ぴーたんにとって間接的な、でも最高の応援でした。

あえて直接的な「がんばって〜!」という言葉にしなくても、こういう励まし方や、つらいことへの気持ちのそらし方ってあるんだな、と。
「退院したら何が食べたい?」と聞いてみて、「それ美味しいよね」「あのお店、美味しいよね」と話題を広げる。
それだけで、『単に病気やケガの話題とまったく関係ないしょうもない話』をしているだけで、重苦しい雰囲気を押し出すことなく、自然と明るい未来の話題にシフトできます。

病気で弱っている人を見ると、周りの人はついつい「励ましてあげたい」という優しい気持ちを抱きます。
しかし、受ける側からすると、その真っ直ぐな励ましを受け取るだけの心の余裕が、どうしてもないときがあります。
なのに、これまで、ぴーたんは、そういう自分では優しいつもりで、相手にはムチを打つようなことを言っていたかもしれない、って思う出来事になりました。

実際ぴーたんが病気で弱ってる立場になったとき、受け取る心の余裕というか、ひねくれているせいか、そういう言葉を言われても、「うん、がんばるね」、「そうだね、そう考えなきゃね」みたいな、応援してくれる方への気持ちを安心させてあげるための言葉を返すのが面倒だし、すごく負担だと感じてしまいました。
だって、本当は自分が一番安心したいのに、まわりから応援してもらっても、自分が安心もしてないのに、相手を安心させるような返事をしなくちゃいけない空気感になる。
いや、だって、相手だって心配してくれてるのに、その気持ちを考えずに「がんばれるわけないじゃん!」なんて言えないよね。

だからこそ、あえて病気とはまったく関係のない、別の楽しい話をする。
一瞬でも病気のことを忘れる瞬間になる。
それだけで、沈んでいた気持ちがふっと軽くなる。
これこそが、いちばん優しく、心に届く「励まし」の形なのかな、と病床の中で、頭をよぎりました。

(なにしろ、ヒマで時間はある。色んなことを考えたり、頭をよぎったことを無駄に深く考える。
まあそうでもしてなきゃ、複視でテレビも見れないし、痛みに対する気を逸らすのも、こんなこと考えたりしてなきゃ、時間が有り余りすぎているんですよね~。)

もし皆さんの周りに、病気やケガで落ち込んでいる大切な方がいらっしゃれば、何気ない楽しいお話を、たくさん届けてあげてください。
もちろん塩梅(あんばい)は必要です。笑
本当にそれだけだと、なにも考えてない人と誤解される可能性もありますからね。
最後には、「いつも心配しているけど、あなたの明るい顔が見れるように、一緒に楽しいことを考えるようにしたい」という気持ちを伝えることをお忘れなく!

ぴーたんの元気ワードは、もちろん「ポテナゲ」です!

ご案内
<本書の内容は運営者の個人的な体験談であり、医学的診断や治療を代替するものではありません。症状がある場合は必ず専門医を受診してください。>

リハビリmomo
リハビリmomo