私・・脳腫瘍になっちゃった! ~プロローグ編~

ぴーたん、2021年夏、脳腫瘍の診断受けて、開頭手術をしました。
その後、2024年転移、サイバーナイフ手術を受けました。
今は、後遺症が残ってますが、ありがたくも命に別状はなく、元気に健康に暮らしています。

発覚するまでの自覚症状、
診察、発覚、手術、回復期、転移、今に至るところまで、
自分の気持ち、葛藤や、病気になってしまったときの心の保ち方、まわりへの接し方、
病気になって、初めて気が付いたことなどを日記のように、少しずつ綴っていきたいと思います。

年齢、性別関係なく、生きていれば、いろんな病気にかかります。
自分だけ大丈夫、とは思ってなかったけど、生まれてこのかた、健康だけが取り柄のぴーたん。

ほとんど風邪ひくこともないし、大人になってからも、職業柄、当日欠勤なんて絶対に!!難しいということもあり、自分でも健康管理には人一倍、気を遣っていました。
喉が少し痛ければ、早めにお薬飲んで、早めに寝るようにしたり、
調子が悪いことが続けば、ひどくなる前に早めに通院していました。

そのため、インフルエンザすら25年くらい前に一度かかっただけで、ずっと何十年も38度以上の高熱を出す、ってことは、ぼぼありませんでした。
本当に健康な体に産んでくれた親に感謝です。

そういう健康に対して、意識も高かったので、
「自分だけ大丈夫、とは思わないけど・・」と言いつつ、実際、これだけ大きな病気が発覚したときは、ショックで。。

脳腫瘍より、もっともっと大きな病気たくさんあるけど、ぴーたんにとっては、言葉を失う、言葉が出ないほどの出来事となりました。

ぴーたんが、これまでの病気とは違って、命の危険を感じたときに一番に頭によぎったこと、「命って限りがあるんだな」、「五体満足、五感満足って普通じゃないんだ」ってこと。
ま、活字で書くと、わかりきったこと、です。

その言葉に魂が吹き込まれた。
結局、意味がわかっていても、自分の身になってみたないとわかるはずない。
まずそう思いました。

元気ならば理解できなくても当然だし、それで幸せだし、それでもいいと思う。いや、そうでしかないと思う。
そして、「いや言葉通りに私は十分理解しています!」って人がいれば、素晴らしいと思う。
ぴーたんは言葉の内容だけ理解してた。

ぴーたんは出産経験がない。
それと、ありがたいことに、両親もまだ健在だったから、自分の身に「命」という大きさを感じるということができなくて未熟だったんだと思う。
自分に直接、命に関わることが起こると、こうも頭が追い付かない、恐怖感、不安感が襲ってくるものかと思いました。


そんなことをブログのなかで共有しながら、
自分の身にそれが起こったとき、身近な人に起こったとき、
そういえば、あのブログで言ってたこと、こういうことなのかな、となれば
きっと寄り添い方が変わってくると思います。

病気に限ったことじゃなくて、つらいこと、苦しいこと、いっぱいありますが
まわりがその痛みを知ろうとしてくれたり、理解しようとしてくれるとき、
問題解決にいたらなくても、なぜか気持ちが救われます。


大きな病気になってしまったとき、人って、どういう思考回路になるのか?
自分での気持ちの落としどころ、自分からまわりへの対応、振舞い。
そしてもし自分が、「まわり」の立場となったとき、
どのように、振舞えば、寄り添った気持ちを表すことができるのか。
思いやりが押し付けにならず、エゴにならず、自己満足にならない方法で、寄り添えられれば、きっとお互い乗り越えられる力になっていくはず。

落ち込んでいる誰かに元気になってほしくて、やっているつもりが、そうならなかった、みたいなこと、ありませんか?

みんな元気に優しい気持ちになりたい、って方向は同じはずなのに、すれ違ってしまう。そうならないように、、

ぴーたんは、「病気になったことよりも、こういうことが自分にとってつらかった、悲しかった、ほおってほしかった」、逆に、「こういう気遣いがうれしかった、心に沁みた、励ましになった、癒された」、そういうことを自分の気持ちはこうだった、というところで綴っていきます。

人それぞれ感じ方は違いますから、その一つとして、ぴーたんの経験のお話が、苦難に直面している本人、まわりの方にとって、参考となって、気持ちが少しでも軽くなるといいなと、願ってます。

お花とmomo
お花とmomo